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福岡高等裁判所 昭和50年(う)180号 判決 1976年4月21日

本籍

福岡県朝倉郡宝珠山村大字宝珠山九番地

住居

北九州市八幡西区永犬丸五九八番地の一

会社役員

安岡恒己

明治三六年七月四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五〇年三月一七日福岡地方裁判所が言い渡した判決に対し弁護人森田莞一から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は検察官山中朗弘出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人森田莞一が差し出した控訴趣意書および控訴趣意書の補足申立書と題する書面(二通)に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し次のとおり判断する。

一、事実誤認

所論は、要するに、所得税のほ脱金額の算定に当つては、正規の会計帳簿に記載されていない欠損についても、これを欠損金として認定し、利益からこれを控除して正額な所得金額を算定しなければならないことはいうまでもない。しかるに、被告人が昭和四六年一月末ころ北九州土地建物株式会社の振出した額面総額八〇〇万円の約束手形を他から割引いてやり、その割引金全額を右会社の代表取締役橋本治郎衛に交付して貸し付けた八〇〇万円の貸付け債権については、右北九州土地建物株式会社は倒産し、橋本治郎衛も一時所在不明となり、右貸付け金の回収は不能となり、いわゆる貸倒れ引当金として、昭和四七年分の利益から控除されるべき筈のものであるのに、原判決は原判示第二の事実において、右の事実を看過し、右八〇〇万円の貸付け金を利益に計上したまま貸し倒れによる損金の控除を行なわずに、全額所得金額に計上したのは、被告人の昭和四七年分の所得金額の認定を誤り、ひいては同年分の所得税額の認定を誤つたもので、右の事実誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

原判決が、原判示第二の事実として、被告人は、昭和四七年分の真の所得金額は四、九七三万三、七四六円であつて、これに対する所得税額は二、六三四万六、〇〇〇円であつたのにもかかわらず、不正の手段によりその所得の一部を秘匿し、昭和四八年三月一五日八幡税務署長に対し、昭和四七年分の所得金額は一、七一七万七四五円であつて、これに対する所得税額は六五五万三、三〇〇円である旨虚偽の所得税確定申告書を提出し、これにより同年分の所得税額のうち一、九七九万二、七〇〇円を免れた、旨の事実を認定したことは、原判決の判示により明らかなところである。

そこで、記録および証拠ならびに当審における事実取調の結果にもとづき検討することとする。

原判決挙示の関係各証拠を総合すると、被告人は、北九州市八幡西区大字永犬丸五九八番地の一において、安岡工務店などの商号を用いて土地の買入れ、整地、宅地の売却、住宅の建築販売等の業を営んでいたが、被告人の昭和四七年分の総所得金額は、事業所得四、三〇六万三、二〇二円(青色申告控除額一〇万円を控除したもの)、配当所得五四万円、不動産所得マイナス(赤字以下同じ)二四万八、八六五円、給与所得八万八、〇〇〇円、譲渡所得マイナス三二万三、八二四円、雑所得六六一万五、二三三円、差引総計四、九七三万三、七四六円であつたので、これから所得控除額(社会保険、生命保険、損害保険、扶養、基礎控除)合計八六万九、五〇〇円を控除すると、課税所得額は四、八八六万四、〇〇〇円(端数二四六円は切捨て)となり、これに見合う算出税額は二、六四七万七、六〇〇円であるが、これから税額控除額一三万一、五五〇円を差引くと、申告すべき納税額は二、六三四万六、〇〇〇円(端数五〇円は切捨て)であつたのにもかかわらず、被告人は、事業所得の基礎となる売上金の一部を正規の会計帳簿(総勘定元帳)に記載しないで積極的な収入の一部を秘匿し、また外注費を実際よりも多く金額を記載して、架空の水増支出により必要経費の増額を図り、これら一部内容虚偽の会計帳簿を基礎にして、昭和四七年分事業所得算出の基礎となる貸借対照表を作成し、これに同年分の当期純利益を一、六八九万八、三二二円と計上し、昭和四八年三月一五日所轄の八幡税務署長に昭和四七年分の所得税確定申告書(青色申告)を行なうに当り、右貸借対照表を基本にして、所得金額は、営業(事業)所得一、六七九万八、三二二円(これは前記貸借対照表記載の当期純利益金額から青色申告控除額一〇万円を控除した金額)、配当所得五四万円、不動産所得マイナス二四万八、八六五円、給与所得八万八、〇〇〇円、差引合計一、一七一七万、四五七円、これから所得控除額合計八六万九、五〇〇円を差引いた課税所得金額一、六三〇万七、〇〇〇円、これに見合う算出税額六六八万四、八五〇円、これから配当控除額三万三、七五〇円および源泉徴収額九万七、八〇〇円合計一三万一、五五〇円を差引いた六六五万三、三〇〇円を申告納税額として、昭和四七年分所得税の確定申告をした事実を認めることができる。

しかして、被告人が右確定申告の計算の基本とした前記貸借対照表によれば、同表の資産の部に貸付金八六〇万円が計上されており、その内容は、安岡工務店決算綴四七年分(福岡高等裁判所昭和五〇年押第四五号符号一二)中貸付金の明細表によれば、橋本(橋本治郎衛)に対する五〇〇万円および三〇〇万円、大和設計に対する六〇万円、合計八六〇万円となつており、さらに右貸借対照表によれば、同表の負債および資本の部に貸倒引当金の勘定費目の欄があるけれども、同欄は空白のまま何等の数字も記載されていないので、右貸付金八六〇万円はそのまま積極財産として当期純利益に計算されていた事実を認め得るところである。

ところで、前記貸付金のうち橋本治郎衛に対する合計八〇〇万円の部分につき、その貸付けの経過ならびに始末の状況を考察すると、当審における証人橋本治郎衛、同松本正男、被告人の各供述、約束手形額面二〇〇万円のもの一通、同額面一〇〇万円のもの一通ならびに北九州土地建物株式会社代表取締役橋本治郎衛、橋本治郎衛作成の借用証書を総合すると、被告人は、昭和四七年一月二五日ころ、北九州土地建物株式会社代表取締役橋本治郎衛振出しの額面二〇〇万円、同一〇〇万円および同五〇〇万円の三通の約束手形、いずれも受取人は安岡工務店、振出日、支払期日はいずれも白地のもの、の振り出し交付を受けて、そのうち額面二〇〇万円および同一〇〇万円の手形二通をそのころ飯塚市本町一一番地岸政義に裏書して割引を受け、そのころ右割引金全額を橋本治郎衛に交付し、さらに右額面五〇〇万円の約束手形についても、そのころ佐賀銀行八幡支店で割引きを受けて、その割引金全額を橋本治郎衛に交付して合計八〇〇万円を北九州土地建物株式会社に貸し渡し、次いで、右割引先である岸政義ならびに佐賀銀行八幡支店に対しては右各約束手形の支払期日到来前に北九州土地建物株式会社は事実上倒産状態に陥り、右各約束手形の支払期日が到来しても、支払ができなかつたので、被告人において他から金融を受けるなどして、岸政義ならびに佐賀銀行八幡支店に手形金を全額弁済して右三通の約束手形を受け戻した事実が認められ、さらに、北九州土地建物株式会社は経済力を持ち直すこともなかつたので、被告人は前記八〇〇万円の貸付金については、弁済を受けないまま昭和四七年を過したが、昭和四八年一二月末日に至り、被告人と橋本治郎衛との協議をもつて、右八〇〇万円の貸付け金について、利息一三〇万円を加算し、合計九三〇万円について、借主を北九州土地建物株式会社代表取締役橋本治郎衛、同橋本治郎衛とする連名の借用証書を作成してこれを被告人に差し入れた事実ならびに、橋本治郎衛は個人として引き受けた被告人に対する右九三〇万円の債務については、現在においても弁済を確約している事実を認め得るところであつて、右認定を覆し得る証跡を発見することはできない。

しかるときは、前記八〇〇万円の貸付け金債権については、昭和四八年一二月末日に利息一三〇万円を加算した元利合計九三〇万円を元本とする新たな準消費貸借契約を取り結ぶに至つた程であつて、昭和四七年一二月末日においては勿論昭和四八年一二月末日現在においても右貸金債権は現存し、貸倒れ等の欠損となつていたものでないことを肯認するに十分といい得る。

かように考察し来ると、被告人の北九州土地株式会社に対する八〇〇万円の貸付金については、昭和四七年分の被告人の課税所得の計算上資産として計上したのは当然といわねばならないのであつて、貸し倒れ等の理由により欠損金として利益から控除すべさ理由も、またその必要もなかつたものというべく、右八〇〇万円の貸付け金を昭和四七年分の被告人の資産に計上して事実を認定した原判決は、所得金額ならびにほ脱の所得税額について、所論指摘のごとき事実誤認はなく、論旨は採用し難い。

二、量刑不当

所論は、被告人に対する原判決の量刑が不当に重いというので、記録および証拠物を精査し、かつ当審の事実取調の結果をも検討し、これらに現われた本件犯行の罪質、態様、動機、結果、被告人の年令、性格、経歴および環境、犯罪後における被告人の態度、本件犯行の社会的影響など量刑の資料となるべき諸般の情状を総合考察すると、原判決が証拠により確定した事実によると、被告人は、昭和四七年三月一五日所轄の税務署長に昭和四六年分の所得税確定申告を行うに至つて、内容虚偽の所得税確定申告書を提出して、同年分の所得税額二、一五〇万六、五〇〇円を免れ、また昭和四八年三月一五日所轄の税務署長に対し昭和四七年分の所得税確定申告を行うに当つて、同様内容虚偽の所得税確定申告書を提出して、同年分の所得税額一、九七九万二、七〇〇円を免れた、というもので、逋脱した税額は合計四、〇〇〇万円を超過する巨額に上るものであつて、悪質というほかはなく、しかも犯行の動機において何等同情すべきものがなく、右犯行における被告人の基本的責任は極めて重いものがあるといわねばならない。

被告人には前科はなく、また年令も原判決当時において既に七二年の老令に達しておるなど、所論が指摘する被告人に有利な情状を斟酌しても、被告人に対する原判決の量刑は相当であつて、もとより執行猶予を付し得る事案とはいい難く不当に重いとは考えられないから、論旨は採用することができない。

よつて、刑訴法三九六条により、本件控訴を棄却することとし、主文のように判決する。

(裁判長裁判官 藤原高志 裁判官 真庭春夫 裁判官 金沢英一)

控訴趣意書

被告人 安岡恒己

右の者に対する所得税法違反被告事件の控訴趣意は次のとおりである。

昭和五〇年五月二二日

弁護人弁護士 森田莞一

福岡高等裁判所

第三刑事部 御中

第一点、原判決は明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認がある。凡そ反則所得を算定するに当つては、反則益金のみならず、公表帳簿に顕れていない所謂簿外損金も反則損金として認定し、被告人の正確な逋脱所得金額を算定しなければならない。

本件についても一部、仕入計上もれ等(記録五九丁)として犯則損金の認定がなされているが、被告人の主張する、他人振出の手形を保証していたところ、保証人としての責任を請求され、手形金額と手形所持人に支払つたが、振出人倒産のため求償できなかつた所謂犯則雑損失八〇〇万円については反則損金に認定されていない。(記録七一一丁、二一八丁、四〇六丁)

そうなると、被告人の逋脱した所得金額及び税額が過大に算定されたことになり、明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認があると言うべきである。

右事実に関しては橋本治郎衛の供述(記録四〇三丁、四〇六丁)及び岸政義の供述(記録一九八丁、一九九丁)並びに山本管一の供述(記録二一八丁)があるが孰れも自己の税務上の責任回避に終始し、又被告人自身も当時は、過去取引があつて世話になつた橋本等をかばう態度で明確な供述をなしていないが、(記録五八六丁)、被告人の蒙つた損失であつて犯則損金であることは間違のない事実である。

第二点、原判決の刑の量定が不当である。

(一) 第一点で述べた如く、被告人には簿外の損金となるべきもの少なからず、厳密に算定すれば、本件脱税所得金額及び税額は減額されるべきである。

(二) 被告人は深く反省し、以後斯様なことのないように従来の個人営業を昭和四九年一一月一日法人組織とし、安岡工務店として、且つ国税官庁出身の税理士を顧問に人れ、明朗な経理を確立する体制を整えたことにより、将来、本件の如き脱税の虞はないものと思料する。(記録六五七丁)

(三) 本件による脱税については修正申告をなし、本税は納付ずみで、延滞税、加算税を税務官署の了解の下に分割して納付中であるが、地方税を含めて既に八、〇〇〇万近く納付ずみであり、被告人の罪の償いは充分、これで達成されていると考えられる。(記録七六〇丁)

以上の事実により原判決の量定は過重であり、罰金刑の減軽を求めるものである。

立証方法

第一点の犯則損金の件については、橋本治郎衛及び岸政義並びに山本官一の証人調を御願いします。

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